安詳恭敬から生き方をかんがえてみる

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こんにちは。

5月に真夏日なんてどーなってんのと文句たれたくなっていませんか?

暑さで集中できない。

集中できないから仕事のパフォーマンスが落ちる。

さらにイライラして負のループから抜け出せない。

外側の変化に振り回されて、内側の安定が損なわれている状態とイメージしてみましょう。

目次

浩然の氣を養う

以前の記事で「浩然の氣を養いましょう!」とゴリ押ししていました。

これはあなたの内側の安定を育てることでもあります。

人間は意識にのぼることや顕在化できる ”わかりやすいもの” に依存しがちです。

ただしそういったものは私たちの外側にあるのが大半。

真の心身の安定は”無意識”と”わかりにくさ”に在る。

この視点をもつと自分に向き合う時間や環境をつくるといった、能動的な行動にあらわれてきます。

その自分自身の行動が変わることによろこびや愉しみを見出しましょう。

安詳恭敬

安詳恭敬の意味を紹介します。

”安”は安定を意味します。

「安定した職につきなさい」「地に足つけろ!」など、人生において安定を善とする考えが広く認知されています。

ここで気をつけたいのは安定は幅広い概念で、あらゆる場面で使われることです。

「何をもって安定なのか?」あなた自身に問いかけてみてください。

間違いなくあなたが自身で安定をつくることが出来るのは、”あなた自身の身体”です。

まずは物理的な安定をつくることを優先してください。

詳細の”詳”ですから「はっきりしている」「あきらかにする」といった意味があります。

人間の性質でいうと

・公明正大でありのままでいる人

・思いやりがあって丁寧に内容をつたえる人

・探求心があり、一生懸命に物事の細部まで極める人

これらの状態にたとえることができます。

シンプルに一生懸命で良い奴と考えればよいでしょう。

恭はおもにつつしむ(慎重で謙虚な様子)、うやうやしい(相手を敬い礼儀に適っている様子)という意味があります。

”傲慢”や”無礼”が対義語に当たるでしょうか。

学校や社会で散々言われていることですから、耳に胼胝ができるほど大事だとご存知のハズです。

敬は基本的に恭と同じ意味があります。

恭敬という言葉があるのでセットで覚えておいて差し支えありません。

まとめると

以上のことから安詳恭敬は

「身体が安定していれば公明正大、一生懸命に物事を丁寧に探求できる。そして他者に対して謙虚に尊敬の念をもって相対することができる。」

ということです。

「集中できないなあ…」

「いつも3日坊主で…」

「謙虚になれっていわれてもどうすればいいの…」

こう思った経験がない人は稀有でしょう。

このときの前提は ”身体が安定していれば” です。

だからこそ、あなたの精神や行動、思考等は”身体の安定”によって決まると考えてみるが吉。

とにかくあなた自身の身体がどんな状態か。何をすればよろこぶか。

せっかく命がけで産んでいただいたのですから、あなたこそ自身の身体を大切に丁寧に扱ってみてください。

千葉のぶたか

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